それって当たり前?

日々感じたことを徒然に。

学歴がどのように機能するのか熟知の雅子様。

武蔵大学社会学部教授の千田有紀さんの興味深いご意見です。

 

 

 

 

未来の天皇に学歴は必要なのか…"学歴エリート"雅子さまと"教育熱心"紀子さまの対照的な教育方針学歴の"機能"を熟知しているのはどちらか

以下引用
 

愛子さまは、優秀であるという評判が高かったが、大学も、幼稚園、初等科、中等科、高等科と学んだ学習院にそのまま進学された。

しかも日本文学、なかでも中世の文学を専攻されたことには、少々驚いた。昨今の風潮で言えば、人文学、中でも文学、中世文学と言えば、「実学の対極にある」学問の代表とされることもある。私などは、「国際的なキャリアをお持ちの雅子さまのように、外国語を駆使して、国際的な学問などを専攻されるのではないか」と予想していただけに、実に意外な選択であった。

 

“学歴エリート”だからこその、学歴へのこだわりのなさ

しかしよく考えれば、こうした選択を後押しされたであろう雅子さまの子育ては、“学歴エリート”であるからこそのものだろう。

ご自身がお持ちの、ハーバード大学卒や東大法学部学士入学といった学歴は、キャリア官僚になる際に光り輝くものである。受け継ぐべき家業のない中産階級(というにはあまりに上流階級ではあるが)の女性が、身を立てていく際の武器となるものである。もっとうがった言い方をすれば、外務官僚という父親の「家業」を受け継ぐための「資格」であったと考えることすらできる。

天皇家の長女に生まれた愛子さまは、もはやなんの資格もいらないのである。

 

雅子さまは、学歴がどのように機能するのかを知っているからこそ、愛子さまには、人材市場で戦い勝ち抜くために求められるような学歴は、必要がないと判断されたのだろう。

天皇家の祖先がどのように「源氏物語」に描かれているのかを知ることの方が、愛子さまにはプラスになるかもしれない。

中世の日本文学という学問が、これほど自身とつながりが深い人は、愛子さま以外になかなかいないだろう。

自分たちのいまいる場所が、どのような歴史のうえに成り立っているのかを考えること――天皇家に生まれた愛子さまにとっては、日本の文学や歴史を学ぶこと以上の学問のメリットはないだろう。

そういう意味でも、学習院大学はふさわしい大学だといえるだろう。

 

 

一方、ずっと学習院で過ごされ、大学院まで学習院だった紀子さまは、むしろ純粋にわが子のために、さらなる高みを目指されているように見える。就労経験もない紀子さまにとっては、皆に尊敬してもらえるような学歴をつけていくことが、悠仁さまにとって重要だと感じられているのではないだろうか。

 

注:

”ずっと学習院で過ごされ、大学院まで学習院だった紀子さま

の部分ですが、この方は父親の川辰氏の海外転出に伴い幼少期はアメリカ、ドイツなど転々としていて、帰国後は一般の私立高校などで過ごしている。学習院は大学からと認識している。

学歴競争に参加する必要があるのか

しかし繰り返すが、学歴が「武器」となるのは、家業をもたない庶民、一般の国民である。

日本はまだ、メリトクラシー能力主義)の神話が信じられている。「どのような階層に生まれても、実力こそが、その後の地位を決める」というものだ。実際には、生まれた家の経済格差によって、ある程度のコースは敷かれているうえに、よい学歴がよい就職や高い収入につながるという保証もなくなっているが、「良い大学に行くことで、良い就職が可能になる」という学歴信仰はまだまだ根強い。

教育社会学者から見ると、悠仁さまがこうした競争に参加する必要は何もない。むしろ、恵まれた環境や資源を活用して、競争に強いとされる高い学歴を追い求めることは、国民から反感を招いてしまうことになるのではないか。

 

上記引用

 

天皇家の皇女である敬宮愛子様の学習院での学ばれ方に、私も納得した一人です。

お誕生日の映像にも今学ばれている資料をご覧になるお姿を拝見して、そんな学問に

縁のない市民として、ご自分の先祖にも繋がる学問に向き合われている姿勢は愛子様に真に相応しいものなのだと発見するとともに納得した次第です。

 

学歴に対するお考えが天皇家雅子様)とコーシ家(夫人)では一世代の

先を行くお考えと、一世代遅れを行くお考えの差を覚えます。

 

天皇家では、

学歴がどのように機能するのかを知っているからこそ、愛子さまには、人材市場で戦い勝ち抜くために求められるような学歴は、必要がないと判断されたのだろう。

 

しかし、

 

コーシ家では、

就労経験もない紀子さまにとっては、皆に尊敬してもらえるような学歴をつけていくことが、悠仁さまにとって重要だと感じられているのではないだろうか。

 

正に現実に目の前で起こっているコーシ家の長男の高校生にしての論文発表問題

など、或いはコピペ作文問題(もっと以前小学生の時からある)などは、中身よりも

箔をつけて外側だけ評価されたいという学歴への考え方だろう。

もっと言えば、中身なんぞなくても一般社会で通用する偏差値の高い学校という学歴によって、中身など虚偽の物でも構わないという考え方だろう。

 

コーシ家さんはそうであっても国民は包装紙では騙されません。

 

皇室の人間として何をすべきかというより、一般人の中で(中身を伴わない)学歴

を求めて何になるのだろうか?

するべきことはそこではないと誰もが理解できるのにだ。

 

結果、生身の長男を一般高校で晒し、また一般大学でも晒そうとしているに過ぎない。

時間は流れるのだ。

今高校で長男の情報規制しているが、長男と同時期に高校生活を送る羽目になった

同級生たちは卒業して長男と晴れて無関係になった時、大学生になった時、過去の

忌まわしい特権同級生が何者であって、どんな高校生だったかを口外しようと何の

罰則も届かない場所に行っているのだ。ニヤリ

 

今、令和の時代になって、平成がどんな時代だったか、次々に明らかになった情報が集まっている様にだ。

 

コーシ家夫妻って自分達の実力がない分、総裁職の地位や、それに繋がる学者など

を使っての”今”しか見えてなくて、想像力が究極に乏しいんですね。チーン

 

筑附の元々は能力のある高校生たちがコーシ家の長男と忌まわしい3年間を過ごすことになって本当にお気の毒でしたが、皆さん身の安全な場所に落ち着けば”罰則付き報道規制”など何のその、生身の長男の実態が露呈するのも時間の問題だと想像します。

 

と、いう学歴が欲しいって、皆に尊敬してもらえるような学歴が欲しいって、

親の学歴コンプレックスの只の裏返しでしかない。

 

 

皇女愛子様が、

自分たちのいまいる場所が、どのような歴史のうえに成り立っているのかを考えること――天皇家に生まれた愛子さまにとっては、日本の文学や歴史を学ぶこと以上の学問のメリットはないだろう。

に、尽きる。

 

国民としては、皇族として自分たちのいる意義、歴史、を学び、今の日本がどう時代を紡いできたのか、これからどうするべきか、その役割を果たせるに足る人間として

ご自分達の存在があるかどうかということを自覚して頂くことが務めだと思います。

 

コーシ家夫人が教育熱心なんて、家業を持たない庶民以下の思考程度でしょう。

まして、日本語も外国語も中途半端なセミリンガルの、教育そのものは家庭教師に丸投げで「コーム、コーム」と出掛けてばかりの夫人は何かを教えられることがあるのでしょうか?

教育熱心ではなく、箔付け熱心というのです。

天皇家より一世代遅れのネ!

 

と、私は思います。