それって当たり前?

日々感じたことを徒然に。

切られてしまう、「柿の木」

11月4日(日)現在の柿の木。


今年は当たり年で、実をいっぱいつけたのだそうです。

我が家でもお裾分けを頂いた。種有りだけど、歯ごたえがあって甘くて、素朴で、私の好きな柿だった。

 

この柿の木を明日の5日(月)に切ってしまうということだ。

こうして幹もしっかりしていて何の問題もない。

 

理由は、このお宅は解体されて、建て替えるのだそう。

そのお話を聞いて、何とも悲しくなって、幹をさすって、

「お疲れ様でした。さようなら・・・。」

と、お別れを言ってきた。

 

今回の解体は、二世帯住宅に建て替えるためなので、駐車スペースをとるために致し方ないのかもしれない。

心の中では、よそ様のお宅の事情なのに、寂しく悲しく思ってしまっている。

どこかに移植はできないのか・・・、などと。

 

改めてこうして幹に向かい合うと、柿の木の無念さが伝わってくるように感じる。

明日は、チェーンソーで、一気に、工事の過程の一つとして扱われてしまうのだ。

 

これが、本当に、本当に最期の姿なんです。

 

今年、みごとに沢山実を付けてくれて、私も頂きました。

それも、”縁”だったのでしょう。

今まで、ありがとう、さようなら。