それって当たり前?

日々感じたことを徒然に。

もふもふモフモフ#7

5月31日(木)のもふもふモフモフでした。
先ずは、びっくりした猫。

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テーブルのお皿が取れないワンコ。

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看板ワンコのプリム♂。鳥取県の結婚式場で、結婚指輪を届けるのがお仕事。
新郎、新婦と記念撮影。

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湯布院の看板猫、あんず♀元保護ネコ。犬と一緒に育ったため、遊び方が犬のよう。

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最後は、もふもふモフモフスター列伝。
大人気!マンガのモデルわんこ。秋田のガラス工房に、飼い主の小松さんと、妹分のポコ♀と暮らしています。
ムーコさん。♀実在のモデルで、甘えん坊。

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 小松さんが仕事中は二匹とも仕事の邪魔をしないで静かにしています。
が、休憩となると、すぐに小松さんに甘えにいきます。
ご飯の催促も、会話で伝えます。そして、かまってかまってはお腹を出しておねだり。
そんな日常がマンガになっている、スターわんこ、ムーコさんでした。

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今週も、堤慎一さん、絶好調のご案内でした~!

 

              

新芽が息吹き、庭木もざわついて。

3月に入って、気になることと言えば、庭の木だ。

トネリコの木が毎年この頃になると「春落葉」という作用を起こす。

同じトネリコでも、そんなに葉の落ちない木もあるのに、一本だけ”毎朝”地面に落葉している。

 

「昨日掃いたばっかりなのに・・・。」

と、毎朝ご近所に舞っていかないように掃除する。

 

でも、周りをよく見ると、他の葉っぱも新芽を出して、ニョキニョキ成長している。

「う~ん、暫くの間はこの新芽たちとの闘いだな~。」

と、その場で剪定を決意する。

 

とに角、新緑の葉っぱは艶やかで、柔らかくて、確実に春を知らせてくれている。

しかし、しかし、なのだ。

このまま置くと立木がぼさぼさになって息苦しさを増す。

時々の剪定が、どうしても必要になる。

まだ少しの剪定で間に合うからと、「猫の散歩」が終わってから、目立つ部分だけ切った。

「朝飯前の仕事」くらいの剪定だったが、それでもさっぱりとした。

 

自然は正直だし、生きている証拠だし、私達だって生きるということは手間のかかることを

繰り返し、繰り返し、続けるってことで、それを丁寧に繰り返すか、どうでもいいと繰り返す

かでは生き方の質が変わってくるので、私はやっぱり丁寧に暮らしたい、と毎朝立木の

ご機嫌を窺っている。

 

 

修理不可だって、どうする?

もう長年履いてきたお気に入りの靴が傷んだ。

恥ずかしいお話ですが、出掛けた先で、どうも変な音が聞こえた。

歩くと、だ。

 

自分の足元だった。

靴の底が剥がれてパタパタとしていたのだ。

大きな音ではないが、確かにパタパタしている。

 

恐る恐る覗いてみたら、

「あらまあ、こんなに剥がれているの?」

状態で、靴底面積の半分くらいに渡ってプカプカしていた。

 

家を出る時は気づかなかったし、違和感もなかったのに・・・・。

 

それでも、建物の中を歩くだけなので、静かに歩けば目立つ程でもなかった。

でも、履き心地のいい、軽い、デザインもすっきりした「Hush Puppies」の靴なので

重宝していたし、お気に入りだった。

 

それが、傷んだ。

「そうだ、明日はあの靴修理屋さんに持って行こう。」

と、復活を確信していた。

 

その結果は、

「こういうアール(丸み)があるデザインのは張り直してもすぐにまた剥がれて、修理費が無駄に

なってしまいますよ。今までに90%の方からクレームがきたので、そのことを了承したうえなら

一旦は直しますが、新しいのを買う方がお得だと思いますよ。」

と、返ってきた。

 

皮も傷んでいないし、大きな傷があるわけでもない、のに修理ができないって・・・。

頭をガクッと落とすって、こんな時なのかな、と思う程自分が落胆するのが分かった。

 

「あ~あ、捨てるしかない、お別れするしかないんだ~。」

と、こうして写真に残して、お別れする決心をした。

「今までありがとう。とっても歩きやすかったよ。お友達が褒めてくれたばかりだったのにね。」

と、話しかけて、さようならした。

 


「Hush Puppies」

1958年にミシガン州で生まれ、アメリカンカジュアルの代名詞的存在として愛され続けている

Hush Puppies(ハッシュパピー)。スニーカーのように快適な履き心地を持ったレザーシューズ

を世界で初めて作り、それまでの革靴の概念を覆したブランドでもあります。日本には1965年に上陸し、

アイビーブームと共に大人気に。履き心地のよさを第一に考えながら、エコシューズやトーニングシューズ

といった新たな境地へもチャレンジし、現在では130ヵ国以上で愛されています。

 

 

 

 

高校生ラガーマンと清掃。

ラグビーのマレーシアでの試合に参加した学生ラガーマンの試合後の清掃が話題になっている。

彼等は静岡聖光学院ラグビー部員だ。

 

”日本のラガーマンがゴミ拾い、「恥ずかしい」と話題に”となっているが、意味はマレーシア人

が彼等の行動に対して、自分達を恥ずかしく思う、ということだ。

http://www.malaysia-navi.jp/news/?mode=d&i=7117

 

私はこの話題を朝のTBSTVで観た。

早速、TV局は静岡聖光学院を訪ねて取材した。

 

彼等は来校した取材スタッフたち一人一人ににきちんと挨拶をしていた。

そして、あの清掃がマレーシアで初めてやったことでないことを知る。

部活始めに清掃し、終わってから清掃し、で部室の中も奇麗に整理整頓されていた。

 

授業風景を見せてもらうと、午後の5時間目の授業の前にも清掃していた。

「汚れた教室でより、きれいになった教室で勉強した方が余裕が出て、集中できる。」

と話してくれた。

ラグビー部は3年振りに県大会で優勝し、全国大会にも出場する高校で、「花園」出場も果たしている。

こういう取り組みは、ラグビーそのものにも生きてきているそうだ。

 

周りに気配り、目配りをすることは、試合の時の相手の動きや、選手の動きなどを把握するのに役立っているということで、この行動は学内の他の部活も見習い始めていると言う。

 

練習場にも、部室にもゴミ一つない様子が紹介されていて気持ちがいい。

 

私は、「気配り、目配り」がすごくよくわかる。

室内でも屋外でも、あるべきものを整頓し、不要なものを排除しておくと、あるべきものの姿がはっきりとする。

区分けなのだ。

それは試合中でも、ボールの方向性が見えてくるのと同じなんだろう。

 

家庭での掃除も同じなのだ。

以前も書いたが物の住所にきちんと戻す作業は次の作業のスタートなのだ。

 

この話題を「日本人の行動は素晴らしい」と、ただ、驚かれたということで括ってほしくなかった。

 

高校生でも、高校生が、高校生でさえも、目配り、気配りができるようになっている日常に焦点が当たるべきだと思った。

 

だらだら箒を動かしてする掃除からは何も生まれない。

自身の環境を整えるためにする掃除は、既に「要・不要」の区分けの済んだ整った場所になるのだ。

そこに何かを加えても目立つし、何かを引いても目立つ、それが見えてくるということだと思う。

 

彼等の学校は中高一貫式の男子校だ。

よくある男子校の部室周辺の様子とは全く違って、凛として清々しい空気感があった。

 

今回の彼等の行動は家の中でやっていることを外でやっただけの事で、彼等にとっては普通の習慣なのだ。

特別なことではない。

多分、身についた習慣は生涯の宝となるだろうと思う。

もう、要らないものが見えてくる「目」が養われているから。

 

私はこんな男子が好きだ。

 

 

 

 

 

 

再起動したらアプリが消えた!

わざわざ再起動するつもりは無かった。

 

最近、アップデートするように何度も表示が出ていた。

それをすると、今している作業がすぐにできないので「後で、後で」と延ばしていた。

 

それがミスして「再起動」を押してしまって長時間の後にPC立ち上がりの画面に戻った。

そしてディスクトップを見て衝撃を受けた。

 

また、そうまたなのだ、スキャンのアイコンだけが見当たらない。

「う~~ん、またか~~!」

の感がした。

 

多分、改めてダウンロードすればいい、とは解る。

今すぐ使う予定があるわけではないから、ゆっくりダウンロードしよう、とも思った。

「いや、待てよ。そういう時に限ってすぐ使いたいことが起こるのだ。今やろう。」

と、設定からアイコンの「アンインストール」をすることにした。できた。

さて、インストールだ。

EPSONのホームページからプリンターの型版の画面を出しておいて、指導してもらおうと電話した。

何度か間違えて苦戦した時、電話で親切に指導してもらったので、それが一番早道だと判断した。

 

自分の予定は詰まっていて平日こんなことしていられるのは今日だけなのだ。

週末は休みとなる傾向が濃いので、こういうことは平日のするのがベストなのだ。

 

予定は午後も詰まっているので、もしや時間がかかってしまった場合の連絡もしておいて、

いざ、EPSONに電話開始。

 

結構早めに繋がって、それから3分程待たされた。

暫くして応答があり、指導スタッフが丁寧に、順序よく進んでいく。

 

インストールが完了して、アイコンをクリックして「スキャン」のトップページが起動するまで

付き合ってくれた。

 

いつも思う。

EPSON」さんは本当に信頼がおける企業だと。

「PC操作で困った時はアイコンのソフトの会社に訊け!」

と、判断するようになったのは、EPSONのようなユーザーに対しての本当に丁寧なフォロー

を経験したからだ。

 

どこの会社も、電話の繋がり難さは多少あっても、概ね解決の方向に導いてくれた。

 

PCの環境を知らせれば、同じ画面で電話を通して一緒に指導してくれる。

教える機種たるや膨大なものだと思うが、その一つ一つに真摯に向き合ってくれる

EPSONさん、次も買い替える時はEPSONさんで決まりです。

 

いつも、丁寧なご指導ありがとうございました。

 

追伸:

「EPSON SCAN」の再インストール

2018/04/05にも同じような記事があることを思い出した。

約一年振りだ。

 

 

 

 

 

 

街中の引き売屋さん。

私の行きつけの美容院は街中にある。

もう、数十年変わらないでお世話になっている。

途中にデパートもあるので終わってから寄り道してデパート探索も楽しみだ。

 

デパ地下に寄って夕飯に、普段スーパーで買うものとちょっと違う物を買うのもいい。

その上、だいたい何か催事場となる8階辺りでは

大北海道展」だの「大九州物産展」だの、「バレンタインデー」、「ホワイトデー」だのと

次々と催し物がある。

 

そこで、歩く通路から、

「試食してみて下さいね~!」

と、楊枝に刺された漬物だの御菓子だのを差し出される。

 

そのまま買う時もあるし、ちょっとお高いかな、と買わない時もある。

そんな喧噪の中を歩くのもたまにはいい。

 

ただ、必ず買って帰るものもあるので、やっぱりデパートは楽しい。

 

そんな場所からちょっと離れた場所にある美容院にいると、

「八百屋ですが、今日はどうですか?」

と、声を掛けるおじさんがドアーから覗く。

 

美容院の店主は欲しいものがあれば

「お豆腐ある?おネギもある?」

とか聞いておいていってもらう。

 

そうなのだ、商店主が多いこの界隈では日々のお買い物に行けない商店に対して

「引き売り」をしに来てくれる。

サザエさんの家に来てくれていた「御用聞き」さんのような感じだ。

あの頃の御用聞きさんが今いたら、高齢者なんかはどんなに助かるだろうと思う。

(多分、ある程度の暮らしをしている信用度の高いお家に出入りしていたんだとは思うが。)

 

でも、価格はちょっと高いと思うけれど、今でもあんな風に御用聞きしてもらえるなんて

いいなと思ったのです。

売る側も買う側も日常の隙間の時間を利用した販売方法がお互いに役立っているようだ。

 

その商品が詰まった車両はどんなものだったか見てないけれど、昔はリヤカーなんてのが

当たり前だった。

今は軽トラか何か、あるいはワンボックスカーかな?

 

それにしても、この街中でこんなことが継続してるなんて、いいことかもな。

生活に必要なことは廃れないのだと、改めて感じたのです。

 

追伸:

移動販売車などが停まって飲食物を販売するのと違って、一軒一軒声を掛ける、

それもお得意さんに、というのが販売方法のようだ。

 

 

   

“震災タイムカプセル” 拝啓 二十歳のの自分へ。

下記引用する。
 

今年1月、岩手県三陸沿岸の山田町でタイムカプセルが掘り起こされた。8年前、東日本大震災

直後に埋められたものだ。

当時、大沢小学校を卒業したばかりの6年生29人全員が「二十歳の自分へ」と題して手紙を書き、

カプセルに入れた。

今年二十歳となり成人式を迎えた彼らは、今の自分に宛てた手紙と再会した。
被災によって、彼らは多感な10代を厳しい環境の中で生きてきた。復興に向けて頑張ると誓い潜水士となって

防潮堤など復興工事に携わる人。故郷を離れたものの、今も震災の記憶にさいなまれる人。

身近な人の死に向き合えずにいる人。
あれから8年。二十歳という人生の選択の時を迎えた彼らは、震災直後の自身からのメッセージを

どう受け止め、どのように次の一歩を踏み出すのか?二十歳の若者たちの旅立ちの時に密着する。

 

http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20190311

上記引用。


    

     平成23年12歳。  


      平成31年。20歳。

                 

 被災によって、彼らは多感な10代を厳しい環境の中で生きてきた。

これが、命の根っこを見た彼等が生きるということを真剣に捉えてきた二十歳の

若者にしている、と私は思った。

被災した自分達を助けてくれた、自衛官、警察官、看護師に影響を受け職業としている者。

あるいは、地元の復興の為に潜水士として最前線で活躍している者と、地に足を着けた若者たちだった。

人の役に立ちたい、人の役に立っていた人達を見ていたから、そう思う彼等は自然だ。

 

全編を通して、こんなにしっかりした二十歳の若者がいるのか、と気持ちが引き締まっていた。

みんな前をしっかり向いているのが嬉しかった。

 

景気が悪い社会の裏側で、日々、よじれたような旨味を目指す若者が増えている昨今、

こんなに「要・不要」をはっきりと見分けて必要なものを目指すことができている彼等

から、生きている意味を教わったように思った。

 

中には、自分の家はギリギリ被災しなかったので、周囲は被災者だけれど、「被災者と言えない」

と、悩んでいた青年もいた。

そうか、そんなこともあるんだ、と今頃気づいた。

 

山田町には何にもない、と盛岡で生活していたカプセル出しの日には来なかった青年も、

大学で研究しているのは「被災地で使えるロボットを作りたい」というものだった。

 

彼等がハッキリと意識しているかは分からないが、みんな「被災した日」がスタートの日

だったのではないか、と私は勝手に感じた。

 

「生きづらい」とか「生きにくい」とか、自分さえよければいいと「いじめ」もおかしいと

思わない若者、社会人もいる今の社会で、

「必要な事ってはっきりしてるじゃん」

と、言われているようにも感じた。

 

あの時、震災の時、「生きる方」の人間になった彼等から、シンプルに「生きる意味」

を伝えられた思いだ。

 

蛇足だと思うが、よく「ゆとり世代」とかカテゴライズされる世代があるけれど、

彼等のことを「被災世代」と言わせてもらえたら、「社会を真っ向から捉えられる世代」

となるのではないか。

力強く、迷わず、真っすぐに歩き、成長する若者世代だと確信する。

 

 

 

自衛隊式防災術。

東日本大震災発生8年目を迎えて、TV番組はそれに関した取り組みが目立った。

その中で、どうしても目を惹かれたのが自衛隊で実際に行っているという防災術を

生で紹介していたフジTVの番組だった。

 

 

あるもので準備できるという方法が目新しかったので必死で記憶した。

 

凄いな、と思った第一の物。

負傷者を担架で運ぶというもの。

 

物干し竿2本用意して、誰もが着ているような上着を2枚用意する。

上着の前部分のジッパーは締めておく。

上着を、「万歳」のような恰好にして胴の部分から腕の部分と通して半分終わり。

もう一方反対側から同じ様に2着目を通して「緊急用担架」の完成でした。

 

また、水に流された時は、ペットボトルがあれば500㎖一本でも首の近くに固定して

救助を待つ。体力を消耗するので泳がない、等々。

 

また、ペットボトルを誰かに投げてあげる場合は空ではなく、少しでも水を入れた方が

舞ってしまうことなく届くそうです。

 

他にも、周りにガスがありそうな時、静電気がおきないようにする方法として

地面やアスファルトに「手の甲」それも「両手」を当てる、というものも初耳だった。

「手の平」でもいいのですが、すぐに次の作業に入るので「手の平」を汚さないそうです。

 

本も出ているようなので、参考にしておきたいものだと思いました。